2008-09-12

市民講座とEnglish lectureに参加して机の配置について考えた。

昨日は国立情報学研究所(NII)の市民講座に参加した。大山敬三教授による「データ社会とウェブ ──膨大なデータから見えてくるウェブ社会の姿とは?──」というレクチャーである。NIIの市民講座は毎回たいへん盛況で、参加者の年齢層も若い人あり、40歳代ありと、参加者の笑い声にも活気がある。

ところで私は昨日たまたま同じ日に別のレクチャーをもうひとつ受けた。こちらは英語の論文の書き方などに関するもので、日本人向けに「common errors」とかを教えてくれて、参加者の質問にも答えますよというものだった。

実は英語のレクチャーのほうは、自分の席からスライドが見えにくい上に、資料が配付されなかったこともあって、何か気にかかるものがあった。それが何か、しばらくわからなかったのだが、はたと気づいたのは、そう、席や机の並べ方なのである。

私たちがふだんレクチャーを受けたり、打合せをするときに、というのは日本でということになるわけだが、机がどう配置されているかというのはだいたい決まっている。絵に書くとだいたい下図のような感じで、まあ形としてもレクタングルで、直角直角に並べるのが基本だ。

そのほうがきちんとしているというイメージがあるからだというのはわかるが、たとえばこんなふうにすることで、その人の話に触れたい、聞きたいとか、気軽に質問しようとか、話し手と聞き手が対立的な関係じゃなくて一緒に目標をみよう(それがレクチャーなら「共通の理解」という目標でもいいわけだ)というように雰囲気が一変するのではないだろうか。

すると日本人である私はすぐに、それじゃ主催者が机を並べるのがたいへんだ、とすぐ思ってしまうわけなのだが、考えてみれば「会社は誰のものか」ではないが「レクチャーは誰のものか」といえば参加者のものなのだから、参加者が手を加えるのだってよいのである。誰がやるべきかではなく、どのようにしたらそのような雰囲気が作れるだろうか、といささか思った次第である。

ところでこの市民講座、この秋まだまだ開催されます。詳細はこちらから
[国立情報学研究所 市民講座2008年度]
http://www.nii.ac.jp/shimin/index-j.shtml

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