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2013-05-12

量子コンピュータの現在


やや古い記事になるのだが

「量子」と「古典」の境界はどこにあるか
2013/02/22 05:00
野澤 哲生=日経エレクトロニクス

科学者たちの議論とは違って、Editor's noteということで、記者から見た量子関連技術の最近の動向の印象をつづっている。

量子技術がいまどういうフェーズにあるのか、という関心がわかるよい機会なのではないでしょうか。

2012-03-31

風の強い朝、新しいPC。





先日の↓
2012-03-19
ジョブズ=アップルについて考えた。

の投稿で「いまこそコンピュータ(をつくる)会社をつくる時」(!?)などと感慨したのだけれども、ふとこんなニュース↓

CNN Money
5 new looks for your future PC

いろんなアイデアが百花絢爛という、ほんとはそういう時期なんだよな、などとまたまた感慨してしまう、風の強い朝であります。

2011-03-30

春めく、臨海地帯。


りんかい線というのに乗って、国際展示場駅へ(私用)。帰り道、京葉線のブリッジからの写真。

地震当日、東西線に乗っていたのでしばらく地下鉄──特に海底を通る──に乗るのがちょいと及び腰でありましたが、りんかい線にも京葉線にも乗ってしまいました。

JRの普通電車や快速ぐらいのもの、たとえば中央線などは最高時速100キロぐらいの性能で、私鉄でこのクラスの車両は……特急なんですね。ロマンスカー(小田急)とかスペーシア(東武)です。京葉線も乗っているとずいぶん速い感じがします。

あれだけ揺れたのに、こんなカーブをこれだけ高速に走っても大丈夫なのか。地震の後で、そこをなんとか大丈夫、と判断する技術力──しかも比較的短い時間で──というのは、たいへんな努力だと思います。

たとえばコドモに教える時などに、「どうして安全と言えるのか」「どこまで”もしも”を考えたらいいだろうか」というふうに一人一人に考えてもらうのもいいかもしれません。

2010-05-29

iPad、アート、テクノロジー。

フランスでのiPadのとらえ方のひとつ。
Avec l'iPad, l'art est à portée de doigts
http://www.20minutes.fr/article/408002/High-Tech-Avec-l-iPad-l-art-est-a-portee-de-doigts.php


Google Translateで英語に翻訳すると……

With the iPad, art is at your fingertips

この英語からGoogle Translateで日本語に翻訳すると……

計算されたと、アートがあなたの指先に

With the iPad, が、なんで「計算されたと、」なんだよぅ〜。

2010-04-19

岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』pdfの読み感。

となりの本棚こと、佐々木俊尚 著『電子書籍の衝撃(ディスカバー携書)』と岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』という2つの本をきっかけに、自分の中で、電子書籍のリアリティががぜん増した。

商業的なものの成功はさまざまな要素があるけれども、より学術的な内容を伝えるためには、このようなメディアが使えるかもしれない。

さて、岩瀬大輔『生命保険のカラクリ(文春新書)』はアドビpdfであったが、図も本と同じに入っているし、縦書きだし(!)、なかなか読みやすかった。そして「本とパラパラめくりアニメーション(2010-04-13)」にも書いたのですが、1枚1枚を正確にパラパラめくって読めるというのが、これがなかなか便利なのだった。

で、「うーん、今朝も鳥にクジラが運ばれている。(2010-04-14)」で再ご紹介した辞書引き機能などのように、どのような「ラベル」をつけてあげるか、作り込むかというのが、鍵なのだろう。

人間が本を読む「読み方」って、実はよく解明されていなかったりするものね!

そのツボをうまく機能化してくれると、電子ブックはますます面白くなるんじゃないかと。──しかしそうなると、使いやすい電子書籍の仕様に熱中する、という楽しいプロジェクトに邁進できることが重要で、そのためには優れたコンピュータ・サイエンティスト(つまりギーク)で、しかも本に思い入れある方というのがぜひとも嘱望されますね。しかもそれは各国語に合ったものというという意味で、日本発みたいのがあってもよいし。。(とりとめなくてすみません)

2010-04-14

うーん、今朝も鳥にクジラが運ばれている。

↑については、こちらを参照

昨日は、慶應大学SFC研究会 プラットフォームデザイン・ラボ主催の電子書籍のシンポジウムが盛り上がっていました。現在は最初のクリップが以下にあります(全部で5つ)↓

GIE sympo opengov
http://www.ustream.tv/recorded/6039537


ストリーミングも、イベント開始の約30分前には、22 Viewersだったのが、終了予定時刻の30分前には420 Viewersに増えていました。ただまあそうは言っても420ということでしょうか。Tweetが右欄に表示されるのと、どなたかが調べて登場者のtwitter accountをtweetしてくれたりと、活発でした。

ところで、その中でipadのデモというかサンプルのプーさんの電子絵本が紹介されていて、

2010-04-13
本とパラパラめくりアニメーション
http://sciencecopywriter.blogspot.com/2010/04/blog-post_13.html


で欲しい!などと私が書いた機能、
・めくるのアニメ
・辞書引き
が実装されていた! 

紹介者もその点をピックアップして伝えていたし、tweetでも「いいなあ」的なのが入っていました。実感ですねえ。

2010-04-13

本とパラパラめくりアニメーション

となりの本棚、佐々木俊尚 著『電子書籍の衝撃(ディスカバー携書)』を電子ブックで読んでみました。

これは(マック上では)「.book」という拡張子を持つ「T-Time」というアプリケーションで、無料ブラウズのためのブラウザ用のプラグインと、購入して読むためのアプリケーションとを別々にダウンロードして読むしくみ。マルチプラットフォームなアプリケーションであるところも大きな特徴のひとつのようだ。

さらに約1,000円のライセンスキー購入で、テキストのキャプチャができるようになっている。

※余談ですが、テキストのキャプチャは、どうせ電子データなんだから、そもそも軽いOCRをシステム(OS)で提供してくれてもいいのでは? と思ってしまった(OCRってずっとスキャナ側で提供されてきたため? またアプリはその上にプロテクトをかけてもいいわけですが。)それと、辞書を引くのも考えてみればたいそう面倒な時があって(反対に辞書を引きたいときもあるわけだが)、これももっと手軽に通常のブラウザやテキストエディタ等の画面上で引けてもいいのに、と思ってしまった。(もしかしてこっちはもう出来てるかも?)

で、写植とかやってきた方には信じられないだろうけど、この電子ブック、読みやすかった!。ああ電子ブックっていけますよ、って思いました。何気ないようで、1枚にどれくらいの文字を入れたら読みやすいか、一行はどのくらいの文字数なら読みやすいか、色は? といったことが考えられているように思いました。

それからこれまで気づかなかった紙の本の欠点にも思い当たりました。「これまで気づかなかった」というところがポイント。──それは、1枚1枚を正確にパラパラめくるのって、実は難しかったということ。必ずどこか飛ばしてしまうのが紙の本だったのだ。この意味で、電子ブックはすごい! 私は身に付けていませんが、「速読術」が活かせますよ、きっと。

この、いかにしてこの読みやすさを実現しているかというのは、相当気になる点で、やはり今回は1枚=1画面にどのくらいの量の情報を盛り込むかという点がキモだったような気がするのですが、なにかひとつストップモーション・アニメーションのエッセンスが盛り込まれると、とても高い完成度に至るのではないかと思った。

2010-02-23

Thrillerのメークはすごかった!? AVATAR続

私はどうも最近、年寄り臭い考えだとは若干思わないでもないのだけれども、ヘアメイクというものも、いきついてしまえば、違う方法が出てくるのは、そのほうが人々にとって「自然」と思えるからではないか、という方角へ思いが巡るようになった。

つまり(メイクの技術というよりも)人々にとって何が自然かということが、変遷する。

マイケル・ジャクソンさんが亡くなった時に、何度かスリラーのビデオを見たが、あの時はすごいメイクだと思ったのが、今見るとメイクについては特に驚かない。恐ろしいくらい進歩したのだろう。一方日本のアニメを見てからハリウッド映画を観ると、ハリウッド映画のほうがアニメっぽいというか、つるんとして整理されていたりして、そこまでやるなら最初から作ってしまえばいいのではないか、と思わないこともない。

どっちのほうが簡単で、おもしろいか?

AVATARも、いろいろと話題になってはいるけれども、あれがもし、ハリウッドが総力をあげてリアルでメークしたり、耳つけたり、体型を変えたりしていたら、かえって面倒臭いというか、不自然な感じがしないだろうか?

それだったら、こうやってこうやればできるというところで開発したほうが面白いし、何より「自然」なのではないか?

(つづく)

2010-02-22

AVATARと鏡の中のヘアメイク氏

映画『AVATAR』が話題になって久しいが、この映画について、私が最初におや、と思った感想を耳にしたのは、いわゆる美容院にいるときだった。

美容師の中には、髪だけでなく眉を整えたりメイクアップもできたりする人もいる。その方もそういうプロなのだが、その日は私は髪を切ってもらおうというのでその店に来ていて、鏡の中にハサミを動かしている様子を見ていたのだった。

美容院というのはとかく、雑談をする場所でもあり、私の場合はテレビを見る数少ない機会でもあったりする。と、テレビがアバターの話題になって、ふとその人が、鏡の中で

「アバターって、もうメークが要らないんですよ」

と、言ったのである。

ドキっ、と思ったのは鏡の中のアリスではなく『マトリックス』の連想から。(マトリックスには、虚構の現実から抜ける時に鏡の向こう側という虚構を使っていた)……しかし、その人は淡々と言うのだった。

「そうなんですよ、コンピュータで全部できちゃうから、メークしなくていいんですよ」

そうなのか。

それまで人がやっていたことが、ある日機械に置き換わる。しかし今回のやつはハリウッドにとってもとてもリアルな話であろう。なにしろハリウッドのヘアメークさんといえば、裏方とはいえ、これまで映画においてとても重要な役割を担っていたからだ。

(アバターの話、少々続きます)

2010-02-12

技術を夢見る、夢をみた。

昨日のつづき。
ところで、この360度カメラの衝撃がよほど強かったらしくて、実はその晩、夢を見てしまった。

それはどうということない屋外の風景で、緑のなだらかな丘に、遠方には林が、画面の中央にはちょっとした人影を配した草原が、近景にはさまざまな植物の葉や小さな花が見えている。(夢の中の)私は、この風景をくるりと巻物をほどくようにひらりと取りだして眺め始めたのだが、どうもこの風景そのものはデジタルのイメージで、フォトショップの「ブラシ」の筆先を交換するような感じに、このようなイメージがいくつもパレットに入れてあって、好きなように取りだせるらしい。

と、よく見るとそれは動画でさえあって、また自分が手前を見たいときは手前の草のディテールにフォーカスして見え、人物に焦点を合わせたい時は近景がボケるような具合に使うことができる。草は相変わらず揺れている。

そして人物は自分とその家族であって、(夢の中では)どうやら、私たちをそういった差替のきく「風景」の中へ入れることができるようなのである。私たちはもちろんその風景をうまく──というのはリアルなものとして──知覚できているということになっているが、見ているのは別の視点、もっと俯瞰的で、彼らを──たとえば物語に合わせて──自由に操れる視点である。

分身といえば、他の肉体を自分自身として生きるわけだが、このように自分を他人のように眺める(体験をする)こともできるわけだよなあと思った。

ただバーチャルをバーチャルに生きるなら、セカンドライフみたいなものかというと、これとも違って、バーチャルとリアルの私は主観的には同一で、一方客観的に見ると別に見えるという見え方を見せてもらっている感じだ。(セカンドライフには別人願望のようなものを私は感じるのだが気のせいだろうか)。

むしろこの夢の中の技術の場合は、バーチャルの中の私は、まったくもってリアルの私に「見えなくては」成立しないので、そこは同じにできている。ところが自分としてはふだん、自分自身をそのように客観的に見ることはないので、そこにさざ波のように違和感がある。もしそのような存在ならば、このように動いたらどうだろうか、と私は私の人生に「他人」として参加したくなる。(どうせ「私」なんだし!)そこにちょっと物語が動き出す、そんな幻想もあるのである。

ああ、単にピクチャを用意して、筆先と同じようなツールとして……と考えると、そう遠くない間にできてくるだろうなあ。

だが夢というのは、そうこう思ううちに、覚めることになっている。

夢はもっと長かったのだが、思い出せるところを思い出しているうちに、これはきっと360度カメラが引きだした夢だったんだろうなあ、と思った次第である。

夢をみた
ジョナサン・ボロフスキー,オン・サンデーズ
イッシ・プレス

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2010-02-11

360度の視野を持ってみたいなあ(?)

コドモの時に、魚は360度の視野を持っているんですよ、と教えられて──あっそう、と思った人、へえーすごいなあーと思った人、いろいろいるかとは思いますが、私は後者だった。私の場合、すごいを超えて、うらやましいなあと思ったのだが、このあったらいいなが、180度の視野を目指す、いわゆる「魚眼レンズ」というわけである。

その時うらやましいと思っただけあって、魚眼レンズというのが好きなわけだが、少し前まではとても高価なものであって、プロのカメラマンでも必ず持っているというわけではなかった。ところが今は、LOMOGRAFHY FISHEYEというロシア製カメラで手軽に所有・活用できるのであります。その勢いで作ったウェブページがあるのでよかったらご覧ください↓

LOMOGRAFHY FISHEYE2
http://www.famipro.com/lomofisheye2/index.html


ま、もちろん、フォトショップで魚眼ふうに、加工してもいいわけですが。

ちなみに動物の場合も肉食動物(たとえばネコ)に比べて、草食動物(たとえばウシ)のほうが視野が広いといわれている。

と、振り返る間にも技術は発達して、今やユビキタスの必須アイテムというべき360度カメラ、しかもビデオが登場してきているようである。

Telegraph.co.uk
CES 2010: 360 degree video camera
Published: 9:03AM GMT 08 Jan 2010
the gadget inspectors
http://www.telegraph.co.uk/technology/technology-video/gadget-inspectors/6950033/CES-2010-360-degree-video-camera.html


たとえばユビキタスに必要なアイテムかどうかという点を軸に、新しい技術(のニュース)を眺める。と、うっすら描けてくる未来があるのではないでしょうか。

2010-01-12

ポゴ de ゴー。



フライバーとも言うらしい。なかなかすてきなスポーツだ。上記のように日本で購入もできる。そして、その祭典も活況のようである。アメリカンコミックタッチの楽しいサイトなので、ぜひ↓

Pogopalooza6
http://www.pogopalooza6.com/


実はこのぴょんぴょん飛ぶ道具は、地面に設置するタイプのものならば、以前「こどもの国」という遊園地にあった。ああ、それとはテクノロジーが違いますというくらい古いものだが、私はおそらくそれ以来、その「ぴょんぴょん飛ぶ道具」で、空中を自由に飛び回る夢を見るようになったのである。

空中を飛ぶといっても、地面から1〜3メートルぐらいのところを移動することが、なぜかできるのである(夢なので許されたい)。ではその原理はどうなっているのかというと、どうも竿のようなものを頼りにしていて、竿と言えば、オランダの棒幅跳び祭りが「引用」されているという気もする。もうひとつ思い当たるのは遠心力を使っているということで、その竿を軸にしながらも、その先からぴゅーっとひものようなのが出て、その長さの円周上をすーっと移動しているような感じでもあるのである。だが空中にいながらにして、地面にささっている竿の軸位置を変えられるので、つまりホバーリングができるというわけで、これはさすがに夢なのだ、と思って、夢を見ている私は「覚めるな、覚めるな」とますます必死になったりしたものなのである。

けど、最近はあんまり見ないなあ。

そんな昨今、その夢にそっくりな動画に、私は遭遇したのである。まずはこのサイトからだった↓

Extreme Pogo Stick Uses Robotic Leg Technology
http://www.ri.cmu.edu/news_view.html?news_id=63&menu_id=238
August 13, 2009


カーネギーメロン大学の、こちらはBowGoというのだそう。いやあ、びっくりしたなあ。夢かと思いました。いや、それどころか、このBowGoと、Pogopalooza6と、冒頭のフライバー……現実の世界ではとっくにつながっていたのであります。

2009-12-05

来た!Googleの日本語FEP

ウェブからの辞書獲得というのは、最近いろいろとホットになっているらしい。獲得以前にまず「集める」ということが簡単になったり、すでに集められたものが自由に使えるようになったりという時代の流れに加え、コンピュータの高速化や周辺機器を含めた低コスト化、ソフト技術の発達などが、ちょうど実りの時期を迎えたという様相を感じる。それに……グーグルが、そういったことの開発のリソースに困らないだろうことは、誰にでも予想できる。

こういったツールが発達してくると、おそらく「ことば」もコンピュータに教えてもらうというようなことが増えてくるかもしれない。そうすると「マニュアル人間」とか「ロボットみたいな」という表現が石器時代みたいに(!?)聞こえ始めて、今の私たちからするとまだかなりこなれていない不自然に響くような言い方もOKになっていくかもしれない。ことばの常は、使われ方優位だから、OKもそのうち「正しい」の仲間入りかも。

そこで突然思い出すのが、科学の王は物理学、女王は数学、はたまた王は哲学、女王は言語学という謂いである。

言語をコンピュータがジャックすると、哲学はどうなるんだろう?

Google日本語入力ツール(BATA)から話が飛躍しましたが。。

2009-10-01

来た来た、トランスフォーマーもの。

上のSnowならぬホワイトタイガーはUSBメモリー、下の鳥類系絶滅哺乳類系恐竜?イエローはマウスだそうです。なるほどー。言うは易し、つくるのはたいへんそう。

トランスフォーマー デヴァイスレーベル タイガトロン operating USB MEMORY
タカラトミー
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トランスフォーマー デヴァイスレーベル グリムロック operating LASER MOUSE
タカラトミー
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2009-07-03

ラムスと科学と最先端


ラムスというのは人名で、ドイツ・ブラウン社の代名詞とも言われるデザイナーです。そして、彼が60、70年代にデザインした商品が、現在も現役で生産されていたりするという、インダストリアル・デザインの鑑のような存在。

という予備知識で、「純粋なる形象ディーター・ラムスの時代—機能主義デザイン再考」@調布市美術館という展覧会を見に行ってきました。

1920年代頃のロシア、ウィーンなどヨーロッパでのデザインのムーブメントから、ブラウン社の歴史などもわかるように構成され、とにかく展示品がまさに空間に配置するために作られたものであるからして、ただ白い空間に置いていくだけでOKという感じではありましたが、無理に「美術品」に見せようともしていないのには好感が持てる展示でした。

淡々と展示されているテレビやオーディオ機器をみていると、ただの函としてのテレビから半世紀って、長いような短いような、複雑な思いもあって。……というのも、こういったムーブメントについては、うっすら知っている世代でもあるからだと思います。

実は先日、科学の書籍の編集を長年手がけていらっしゃる編集者の方と話しているときに、1975年頃に科学ものがよく売れたという話題が出て、そうそう、そのシリーズ本ならばうちにもあった!というので盛り上がったのだったが、その頃の家庭内を振り返ると、なんというか大いなるあこがれのようなものが周囲にあって、その意欲が、かなり本へも向けられていた、といった状況だったような気がする。それは何も科学の本に限らなくて、百科事典とか分厚い漢和辞典とか、もしかしたら、ある程度教養ならなんでもよかったのでは?……いやあ、少なくとも”うち”にはそういうノリがありました。なにしろシステム・シェルフだってあったもん。

さて、そんなことも思い出しながら展覧会を見ていったのですが、順路のおしまいのほうでは、ブラウン社のデザイナーへのインタビューを収めたビデオを流していて、なかなか印象的でした。

──当時ドイツのインダストリアルデザインにはだれも追従できなかった。イタリアンデザインは、まだ理想を追っていた。いやイタリアというのは、ある意味、現在でもそうかもしれない。

──それ以降、家庭は、物だらけになった。その前には何もなかったのに。

それだけ聞くと、なんだ当たり前だ、時代さえはっきりしない、聞き古されたスローガンのようだ──などとつい思ってしまうのだけれども、こっちはノリでも、彼らはマジというコントラストもくっきりとあって。彼らが打ち立てたスタンダードを、「当たり前」として受け取ってしまうと、やはりエッセンスが抜け落ちてしまうのだろうなあ、と思われました。

聞き飽きた!という言葉には耳を貸さず、スタンダードへの意欲を常に燃やし続けること。インダストリアル・デザインってそういうものなんだよ、とホログラムなラムス氏が、こっそり耳打ちするかのようでありました。

2009-04-03

技術と、8ミリと、ほんとは大事なとこ。

そういえば1カ月前ぐらいにアップルの映像ソフト法人向けレクチャーというのに参加したのだが、参加者の中にながくアナログの映像制作をしてきて、映像のことはわかるんだけど、という方がいらしたのが、私には印象的だった。

今、はこだてのような映像を見て(ほかにもあるんだけど)、ネット上の無料視聴動画にプロが進出してきたという印象を持つのですが、みなさんどうですか?

ビデオが出てきた時──フィルムの販売が終わり、現像が打ち切られ──8ミリは終わったとかなんとか言われた。私も8ミリを回したり、コマごとの編集をちょっと触ったことがあるけれども、ビデオに比べるとたいへんそうだった。が、それもデジタル化して、マックではファイナルカットになって、現在へ至る。

今という地平からは、しかし、技術なんかいくらだって変えていけばいい、と私は思う。映像をどう作ったら番組になるのか、そういうノウハウは、ハードウェア的な技術よりもずっと大事だし、技術が進むことによって、そのことがますます明らかになる、そんな方向が望ましいのではないか。そして、望ましいといくら言っていてもどうにもならない気がするから、少しでも実践したほうがよい。

もっと言うと、技術的にいろいろと移行する、恩恵というものは見逃せない。それによって方法が相対化され、ツールとして活かしていくことによって、ますますどういう探求なのかがわかってくる。クリエイターの中にもそういうことに気づいて押し進めている人が、少しずつ増えてきているように思います。

はこだて放送局〜8ミリ技術論まで3題
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2009-04-01

「8ミリ」が息を吹き返す。

先日ご紹介した「はこだて放送局〜HakoTube〜」について、かなりディテールに寄った話を少々追加したいと思います。

私が、ほんのちょっと見ただけで、なぜ「日本映画の伝統を思わせる」などと思ったのか、その理由を──こうやって書いてみるととてもディテールに寄った話で、たいへん恐縮なのですが──記してみたいと思いました。

秘湯!垂れ流し!夏編
(開放感100%)

のオープニングの3秒あまりのホンダの軽自動車の走行シーン
(柳町光男『さらば愛しき大地(1982年)』を思い出しました)

日本最古の清朝様式建築
函館中華会館 (貴重度90%)

短い映像なのに、何コマかに分かれていて、音声も切れている、これがなぜ切れているのか、何を撮ろうとしているのか。

タワーロボは、宮崎駿監督のルパン三世「さらば愛しきルパン」に出てくるロボット兵ラムダを思わせますが、出動前に展望台が回転するところが……うれしい!

ムービー共通のエンディングは、今はなき、“The 宇宙のたび”ことスタンリー・キューブリックを思い出さずにはいられません。

というわけで、もやもやと私の感想を書き連ねましたが……本来でかくいいところ(カップルとして登場する役者さんがいいとか)がいっぱいありますので、まずは、下記のリンクから映像をご覧ください。

はこだてCM放送局 〜HakoTube〜
http://www.omoide.tv/hakotube/

2009-03-19

wiki がつながらない?

この二日ぐらい、wikiがつながらない(英語も日本語も)のですが、ニュースには出ていないし、(おかげでシャトルの打ち上げ映像を何度も見てしまった!)どうかしたのでしょうか? ちょっと心配。

2009-03-05

リハーサルとテスト。

学生のみなさんは「テスト」と聞けば、そりゃ、この節、筆記試験のことだと思うでしょう。けれども大人の場合はそういうテストを受ける機会はあまり多くはなくて、だいたいにおいて、システムが上手く動くかどうかのチェック、ということを指すのが多いのであります。特に昨今、時期的にシステム入れ替えという方も多いのではないでしょうか。

ところでこの主に情報処理系のテストというのを行うにあたって、理系的訓練の希薄なる者には、ちょっとしたメンタルな障壁があるように思う。

本番前のチェックということならば、音楽で言えば「リハ」である。リハを本番と「同じ」勢いでやるやつはいない。これはあくまでリハであって、いろんなところをチェックするためにあるのだ。大事な気合いは本番のためにとっておくのである。そして本番はまっさらな気持ちで、まるでリハなどなかったかのようにやるのである。

こういう「まっさら」感は、実は生活のいろんなところで体験の機会がある。たとえば新雪、新築の家の板の間、はきおろしの靴。

この蓄積された記憶が、システムのテストをしようというときに、案外首をもたげてくるのである。

システムのチェックは、本番と同じであり、同じであるほどよい。「まずはやってみて」という性質のものである。ところが……

「え、ほんとにやっていいんですか?」
と、すでに気持ちが遅れている。

「やってみるように言われたからやってるんですけどね」
と、なぜか言い訳がついてくる。

「やることがいいことなんですよ、やらないとテストにならないんですから」──そういうわけでやるにはやるのだが、心の底ではどことなく腑に落ちない、そんな人も実は多いような気がする3月なのである。