2010-02-26

毎年申告期限が近づくと、確定申告ロボについて考える。



もし世の中のお金のゆききがすべて、逐一、ひとつのシステムに記録されるとしたら、たぶん私たちは確定申告をしなくていい。

会計には「重要性の原則」というのがあるけれども、機械だと四捨五入ぐらいしかやらないかも。なんてね。

まあ、常識的には「もし世の中のお金のゆききがすべて、逐一、ひとつのシステムに記録される」なんて、絶対無理だと思うだろう。とりあえず私もそう思う。

でも、もし、それが全部仮想空間の中で起こっているのなら、それはできるかもしれない。この仮想空間のイメージはウェブではなくて、シミュレータ。ただもし可能になれば、その時はすでに「シミュレーション(疑似体験)」といっても、似せたもともとのオリジナルというものは存在せず、取引というものが感じられる「場」が作られて──たとえば店頭とか、銀行窓口とか(これはすでにあるか)、証券取引所とか、バザー会場とか(うーん、こんなところでつい自分の生活風景を物語っているようではありますが……)──すべてがそこで行われるって感じでしょうか。

これを徹底的にやるためには、人はどこかへ行く代わりに、どこかへ行くことを操作しなければならない。というわけで、みんなバーチャルになってしまう。

というのと、毎年3月15日が巡ってくるのと、どっちがいいだろうか、と。

2010-02-25

矢野顕子さんと香絵博士とアクロバットと

香絵博士は理論物理学者なわけですが、その彼女が「私と同じことを言っている人を見つけた」と言っているとき、その人は、アインシュタインだったり、ニュートンだったりしません。

「アインシュタインだったり、ニュートンだったりしないんですか?」
と聞くと
「そんなに古いわけない」
などと言われたりします。

むしろつい先頃亡くなったバレエ団の団長さんだったり、現役のサーカス団の創設者だったりします。

バレエ団とサーカス団ではちょっと似すぎてますかね。

他の例ということで、こういうともしかしたらご本人に直接おあいしたこともないのにどうだろうとは思うのでありますが、矢野顕子さんのコンサートへ行ったり、映像やインタビューを目にしたりすると、香絵博士に似てるな、と個人的には、思ったりいたします。

いまちょうど糸井重里氏の「ほぼ日」に、矢野顕子さんの「音楽堂」の記事がアップされています。

矢野顕子さんのピアノソロ、レコーディングエンジニア吉野金治(復活)
音楽堂ができるまで。
http://www.1101.com/ongakudo/2010-02-03.html#movie


すごいことが起きている、というリポートだと思うのですが、この全体をよく読むと(というか見るとというか)本人達はとてもシンプルなことをしていることがわかります。自分ができる最高の音楽、いや、自分がこれまでできたよりもさらに進んだ先の音楽をつくろうとしている、ということです。それしかやってないし、それに資さないこと、つまり余計なことはひとつもやっていないわけです。(休憩だって、むろんそのためにあるわけです。)

「それしかないでしょう。」と本人たち思っていて、
もっというと、そういう私たちは「ふつうでしょ」と思っている。

リョーシ猫には、これ、とっても通じます。よく見るから。

ちょっと引用します。

「私はこれしかできないから」
とおっしゃっています。
「だから、これを一所懸命やるんだ」と。
「お店に勤めたこともないし、
 何か物を売るとかそういうこともしたこともないし、
 私は音楽しかできない人間だから」って。
──『ほぼ日刊イトイ新聞』「矢野顕子さんのピアノソロ、レコーディングエンジニア吉野金治(復活)音楽堂ができるまで。」より

矢野さん、以前NHKの音楽番組で、「おおパリ」のイッセー尾形さんとのトークでも、おっしゃってました。(with上原ひろみでした)

実はその時に、この話、香絵博士に振ったんです。

「矢野さんって、音楽以外のことでお金もらったことないんだって」
すると、香絵博士、ぽかんとして、
「私もそうだけどな」
香絵博士の場合はもちろん音楽ではなく、物理(数学含む)になるわけですが。

2010-02-24

AVATARとそのメイキングはどっちが面白い!?

というわけでググってみれば、AVATARのメイキングのビデオがウェブ上にいろいろと載っていた。

AVATAR Video: creating the world of Pandora ( 1 of 3 )
http://www.youtube.com/watch?v=ItsRag-qfl0&feature=related


AVATAR Video: creating the world of Pandora ( 2 of 3 )
http://www.youtube.com/watch?v=fVN5xwJnU6M&feature=related


Avatar The Movie Behind The Scenes Making The Movie 1
http://www.youtube.com/watch?v=o47vlm603QM&feature=related


Avatar The Movie Behind The Scenes Making The Movie 5
http://www.youtube.com/watch?v=n7D8mtVjaG8&feature=PlayList&p=EEC919F2FCAB10D7&playnext=1&playnext_from=PL&index=4


思い出すままに、印象的だったことを挙げていくと、

今は役者さんたちがバーチャルな環境を見ることができずに演技しているが、あれはバイザーのようなもの(眼鏡のかたちで、視覚がとらえるべき映像が映し出されるようになっているもの)で、環境の中に自分がいるというイメージをリアルに持ちながら演技することも将来的にはできるだろうと思った。コンピュータの中に作られている環境と自分の立ち位置とを計算して、リアルタイムの視覚映像を作り、これとシンクロして演技すればよいわけである。(言うのは簡単ですね。。)

それから、今は役者さんたちが肉体的に優れているが、考えてみれば別に優れていなくても(今でも部分的にはそうであるように)替えてしまえばいいかもしれない。もっというと、脳の働きをジャックして、文字通り「思った通りに」動かしてしまえばいい。(これはもっと時間がかかるのかな?)

しかしそうなると役者さんって必要なんだろうか? といったことも問題になるかもしれない。

だがそれで何が「面白い」だろう?──そこで印象深く思い出されるのが、昔で言えば小道具さんに当たるのであろう、映画の環境ほどではないが環境を現実のセットとしてある程度提供する役目の人が、武器のようなものが飛んでくる(役者さんが避ける)というシーンを作るために、弾まないボールのようなものを投げていた(メイキングの)シーンだ。──それはなんとも楽しそうな風景だった。過渡期の楽しさ、開発期の面白さ、といいますか。

では、このようにハリウッドに集められて実現した技術が、もし、ハリウッドから外へ出たら、どうなるだろう?

これはきっとバーチャル『サロゲート』って感じになるんじゃないでしょうか。


うーん、なんだか必要な議論をいくつかすっとばしてしまったようにも思うので、正しいことはこちらをご覧ください。(AVATARは含みません)

ロボットは涙を流すか (PHPサイエンス・ワールド新書)
石黒 浩,池谷 瑠絵
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

ロボット考古学と"からくり"

(AVATARの連載中ですが、閑話休題)

これから紹介する2冊の共著作は、たまたま本をつくる時期に重なっている部分があったというだけで、まったく無関係なのだが、結果的にというか、改めて(他人事としてというか)眺めてみると、接点がないこともない。


そこで多少比喩的でありますが、この本をご紹介。

からくり (ものと人間の文化史 3)
立川 昭二
法政大学出版局

このアイテムの詳細を見る

石黒浩教授との共著作『ロボットは涙を流すか』では、「ロボット考古学」と題して、ロボットを作ろうとする人間の営みを、古代から現代へと概観している。この中に出てくる、紀元前後の人といわれるヘロンの自動扉や、18世紀に活躍したフランスの発明家J・ボーカンソンの動くアヒルの図版などが、この『からくり』という本に豊富に掲載されているのであります。

ぜひ御一顧。

ロボットは涙を流すか (PHPサイエンス・ワールド新書)
石黒 浩,池谷 瑠絵
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る
ところで、この「からくり」とは何か? どんなものがあるのか、という関心から、たいへん昔に展覧会へ行った記憶があったのだが、そうこうしているうちに、そのイベントの詳細も判明したのであります。

一九八七年八月に朝日新聞社が主催して「遊びのハイテク──江戸時代からのメッセージ」と題した「からくり人形展」が銀座松屋で開かれた。
──鈴木良次『手のなかの脳 』東京大学出版会1994より

のだそうである。確かに松屋でした!

さてここで、この3月に刊行予定の共著書をご紹介したいのですが、そのタイトルが、さりながら、『からくりインターネット──アレクサンドリア図書館から次世代ウェブ技術まで──』というのであります。

からくりインターネット アレクサンドリア図書館から次世代ウェブ技術まで [丸善ライブラリー]
相澤 彰子,内山 清子,池谷 瑠絵
丸善

このアイテムの詳細を見る

どんなからくりなのか?

また、発売が近くなりましたら、ご紹介してまいりたいと思います。
旧著ともどもどうぞよろしくお願いいたします。

2010-02-23

Thrillerのメークはすごかった!? AVATAR続

私はどうも最近、年寄り臭い考えだとは若干思わないでもないのだけれども、ヘアメイクというものも、いきついてしまえば、違う方法が出てくるのは、そのほうが人々にとって「自然」と思えるからではないか、という方角へ思いが巡るようになった。

つまり(メイクの技術というよりも)人々にとって何が自然かということが、変遷する。

マイケル・ジャクソンさんが亡くなった時に、何度かスリラーのビデオを見たが、あの時はすごいメイクだと思ったのが、今見るとメイクについては特に驚かない。恐ろしいくらい進歩したのだろう。一方日本のアニメを見てからハリウッド映画を観ると、ハリウッド映画のほうがアニメっぽいというか、つるんとして整理されていたりして、そこまでやるなら最初から作ってしまえばいいのではないか、と思わないこともない。

どっちのほうが簡単で、おもしろいか?

AVATARも、いろいろと話題になってはいるけれども、あれがもし、ハリウッドが総力をあげてリアルでメークしたり、耳つけたり、体型を変えたりしていたら、かえって面倒臭いというか、不自然な感じがしないだろうか?

それだったら、こうやってこうやればできるというところで開発したほうが面白いし、何より「自然」なのではないか?

(つづく)

2010-02-22

AVATARと鏡の中のヘアメイク氏

映画『AVATAR』が話題になって久しいが、この映画について、私が最初におや、と思った感想を耳にしたのは、いわゆる美容院にいるときだった。

美容師の中には、髪だけでなく眉を整えたりメイクアップもできたりする人もいる。その方もそういうプロなのだが、その日は私は髪を切ってもらおうというのでその店に来ていて、鏡の中にハサミを動かしている様子を見ていたのだった。

美容院というのはとかく、雑談をする場所でもあり、私の場合はテレビを見る数少ない機会でもあったりする。と、テレビがアバターの話題になって、ふとその人が、鏡の中で

「アバターって、もうメークが要らないんですよ」

と、言ったのである。

ドキっ、と思ったのは鏡の中のアリスではなく『マトリックス』の連想から。(マトリックスには、虚構の現実から抜ける時に鏡の向こう側という虚構を使っていた)……しかし、その人は淡々と言うのだった。

「そうなんですよ、コンピュータで全部できちゃうから、メークしなくていいんですよ」

そうなのか。

それまで人がやっていたことが、ある日機械に置き換わる。しかし今回のやつはハリウッドにとってもとてもリアルな話であろう。なにしろハリウッドのヘアメークさんといえば、裏方とはいえ、これまで映画においてとても重要な役割を担っていたからだ。

(アバターの話、少々続きます)

2010-02-19

リソースの最大化(香絵博士の場合)

リソースを大切に。

──とは、Torvaldsさんも言っていることである。

しかし、活躍している人を見て、この人のリソースはいつ枯れるんだろうか、と心配する人が出てくるのは珍しくない。

そういえば先日の根本香絵博士の講演で、いつから物理を志したのかという質問があって、「物心ついたときから」と答えていたのが、今振り返るとたいへん印象的であった。

色川武大は言っている──勝つために大切なことは、自分はこれ、というものを「なるべく早く」見つけることだ。同じ実力なら若いやつが勝つに決まっている。──(と、言ってたと思う)。

この段でいけば、香絵博士は理想的である。確かに彼女には、リソースが枯れそうという気配がない。42度の熱で伏せっている時でさえ、「何が好き?」と聞かれれば、微笑んで「物理」と答えるだろう。物理を考え続けるについては、いつだって「健康」というわけである。

それがまさに「物心ついたときから」ずっとなのだから、実に根深い「リソースの最大化」である。ただ姉の私からすれば「物心」なんぞはまだ穏便な謂いであって、本当は「生まれたときから」なのである。そして「物心ついたとき」にたまたまそのことに気づいただけなのである。


根本香絵著
『量子力学の考え方-物理で読み解く量子情報の基礎-』
(SGC-68 サイエンス社・1,920円)
オンライン書店BK1で購入できるようです。
※全国有名書店・大学生協に配本

2010-02-18

Torvaldsさんの動画と科学技術者のスライド

トーバルズさんの自伝『それがぼくには楽しかったから』を読んだあと、YoutubeでいくつかLinus Torvaldsの動画を見た。Linuxのユーザカンファランスでのスピーチなどを見ながら、──スライドは前日に、もう手遅れという状態になってから用意しはじめる、などと書いてあったことなどを思い出す。思い出すと、ほんとにそんな感じがする。もう手遅れという状態は、同時に、もう他の人が手助けできない段階、ということでもある。

ゴア元副大統領のドキュメンタリー映画『不都合な真実(an inconvinient truth)』では、手元にあるアップルのリモコンを使ってスライドをめくりながらトークを行う姿が何度も映っている。そのデータを自分でコンピュータで準備しているような様子も描かれるが、これなどはまだ、他の人がちょっとした下調べをしたり、グラフを作っておいたりといったことができそうな感じがする。そういうバッファが備わっている。

私の印象では、科学者の場合、だいたいこの「他の人が手出しできない段階」になってからしか、明日のスライドは決して準備されない。最新のデータがいいに決まっている、と本人が思っていることとももちろん関係ある。だがそれが最大の理由というわけじゃない。私が思うには、それが、やらなければならないことのリストの最後にあるからである。そうとしか、考えられない。

この自伝は、共著という形式になっている。そんなTorvaldsさんと、そんなTorvaldsさんを知る機会をくれたDavid Diamond氏に、心底どうもありがとう、と思える1冊であります。

Just for Fun: The Story of an Accidental Revolutionary
Linus Torvalds, David Diamond
Harper Paperbacks

このアイテムの詳細を見る

2010-02-17

NII市民講座開催情報「テキストの山を斬って見えてくるものは?」

本日2月17日(水)18:30〜19:45
今年度最終回のNII市民講座が開催されます。

■「膨大な文書の処理技術
  −テキストの山を斬って見えてくるものは?−」

 現在、私たちは、インターネットを介して膨大な量のテキストにアクセスできるようになっています。また、電子メールやオンラインニュースなど、日々生成されるテキストの量も多く、これらのテキスト情報を上手に活用することが求められています。本講座では、まず、大量テキストデータを処理するための、最新のテキストマイニング技術を紹介します。インターネット上のテキスト情報の特徴のひとつに、大量の類似情報が含まれていることがあげられます。そしてこれらの最新技術の紹介に続いて、これらの類似テキスト情報を効率良く検出するための私たちの取り組みとその技術の応用事例を紹介します。

講 師: 高須 淳宏先生   
時 間: 18:30〜19:45 *質問用紙による質疑応答を含む
会 場: 学術総合センター(竹橋徒歩3分)・中会議場(2階)  

国立情報学研究所「市民講座」へにリンクはこちら↓
http://www.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&page_id=315&lang=japanese

学術総合センターへのアクセスはこちら↓
http://www.nii.ac.jp/access/

というわけで、今回のテーマは、テキスト処理ですね。この「マイニング」という考え方は、あっという間に一般に広がった観がある。ちなみに、小学3年のコドモが社会科の授業でスーパーマーケットへ行ってPOSデータのことを教えてもらった、と言っていたのが、つい昨日のこと。ここからデータマイニング→ウェブマイニング→テキストマイニング、といったことは比較的スムーズにイメージできるかもしれない。

さて、今日はどんなお話が待っているのでしょうか。
当日参加も可能だそうなので、ぜひ。

これが「広告」の生きる道(!)

岡康道氏率いるクリエイティブエージェンシー「TUGBOAT(タグボート)」の設立は、奇しくも1999年。(「奇しくも」と書いてしまったが、つい先日この記事をアップしたため)(なおインタビュー記事も発見)

この10年って大切だったんだなあ、と思いました。(あー月並だこと)

*上の写真は、本日掲載のTAGBOATの30段広告(を眺めている父さん、キッチンの風景)でございます。

2010-02-16

根本香絵博士の講演会へGO!

先週の雨の土曜日、都内で開催された「TKJキャリア講座」(根本香絵博士講演会)に行ってまいりました。講演タイトルは「科学するこころを育てる」。今回は「キャリア講座」ということで特別にキャリアを振り返るところからスタート。研究生活のエッセンスから、ますます発達する情報化社会のなかで、大学院などの高等教育において世代を超えて伝えていかなければならないことは何か? まで、中身の濃い(濃すぎる?)内容でした。

2010-02-15

科学者、哲学を語る。

コンピューターネットワークー社会といった領域では、科学技術者が哲学について語るといった機会を見かけるようになってきた。これからもどんどん増えていくことだろう。

Linux開発者のリーナス・トーバルズは、自伝によれば、1999年に University of California at Berkeleyで開催されたWeb Rushという催しで、「Challenges of the network society」と題するパネルディスカッションを行ったらしい。トーバルズは言っている。

──そうそう、言い忘れていたけど、パネルディスカッションの参加者のほとんどは、テクノロジーについて語る哲学者だった。なんといっても、ここはバークレーだものね。(中略)
 よし、かまうもんか。連中がテクノロジーについて語る哲学者なら、ぼくのようなテクノロジー屋が哲学について語ってもいいだろう。ぼくは臆病者じゃないぞ。──

(リーナス・トーバルズ, デイビッド・ダイヤモンド『それがぼくには楽しかったから』小学館プロダクション2001より)

それがぼくには楽しかったから (小プロ・ブックス)
リーナス トーバルズ,デビッド ダイヤモンド
小学館プロダクション

このアイテムの詳細を見る

2010-02-12

技術を夢見る、夢をみた。

昨日のつづき。
ところで、この360度カメラの衝撃がよほど強かったらしくて、実はその晩、夢を見てしまった。

それはどうということない屋外の風景で、緑のなだらかな丘に、遠方には林が、画面の中央にはちょっとした人影を配した草原が、近景にはさまざまな植物の葉や小さな花が見えている。(夢の中の)私は、この風景をくるりと巻物をほどくようにひらりと取りだして眺め始めたのだが、どうもこの風景そのものはデジタルのイメージで、フォトショップの「ブラシ」の筆先を交換するような感じに、このようなイメージがいくつもパレットに入れてあって、好きなように取りだせるらしい。

と、よく見るとそれは動画でさえあって、また自分が手前を見たいときは手前の草のディテールにフォーカスして見え、人物に焦点を合わせたい時は近景がボケるような具合に使うことができる。草は相変わらず揺れている。

そして人物は自分とその家族であって、(夢の中では)どうやら、私たちをそういった差替のきく「風景」の中へ入れることができるようなのである。私たちはもちろんその風景をうまく──というのはリアルなものとして──知覚できているということになっているが、見ているのは別の視点、もっと俯瞰的で、彼らを──たとえば物語に合わせて──自由に操れる視点である。

分身といえば、他の肉体を自分自身として生きるわけだが、このように自分を他人のように眺める(体験をする)こともできるわけだよなあと思った。

ただバーチャルをバーチャルに生きるなら、セカンドライフみたいなものかというと、これとも違って、バーチャルとリアルの私は主観的には同一で、一方客観的に見ると別に見えるという見え方を見せてもらっている感じだ。(セカンドライフには別人願望のようなものを私は感じるのだが気のせいだろうか)。

むしろこの夢の中の技術の場合は、バーチャルの中の私は、まったくもってリアルの私に「見えなくては」成立しないので、そこは同じにできている。ところが自分としてはふだん、自分自身をそのように客観的に見ることはないので、そこにさざ波のように違和感がある。もしそのような存在ならば、このように動いたらどうだろうか、と私は私の人生に「他人」として参加したくなる。(どうせ「私」なんだし!)そこにちょっと物語が動き出す、そんな幻想もあるのである。

ああ、単にピクチャを用意して、筆先と同じようなツールとして……と考えると、そう遠くない間にできてくるだろうなあ。

だが夢というのは、そうこう思ううちに、覚めることになっている。

夢はもっと長かったのだが、思い出せるところを思い出しているうちに、これはきっと360度カメラが引きだした夢だったんだろうなあ、と思った次第である。

夢をみた
ジョナサン・ボロフスキー,オン・サンデーズ
イッシ・プレス

このアイテムの詳細を見る

2010-02-11

360度の視野を持ってみたいなあ(?)

コドモの時に、魚は360度の視野を持っているんですよ、と教えられて──あっそう、と思った人、へえーすごいなあーと思った人、いろいろいるかとは思いますが、私は後者だった。私の場合、すごいを超えて、うらやましいなあと思ったのだが、このあったらいいなが、180度の視野を目指す、いわゆる「魚眼レンズ」というわけである。

その時うらやましいと思っただけあって、魚眼レンズというのが好きなわけだが、少し前まではとても高価なものであって、プロのカメラマンでも必ず持っているというわけではなかった。ところが今は、LOMOGRAFHY FISHEYEというロシア製カメラで手軽に所有・活用できるのであります。その勢いで作ったウェブページがあるのでよかったらご覧ください↓

LOMOGRAFHY FISHEYE2
http://www.famipro.com/lomofisheye2/index.html


ま、もちろん、フォトショップで魚眼ふうに、加工してもいいわけですが。

ちなみに動物の場合も肉食動物(たとえばネコ)に比べて、草食動物(たとえばウシ)のほうが視野が広いといわれている。

と、振り返る間にも技術は発達して、今やユビキタスの必須アイテムというべき360度カメラ、しかもビデオが登場してきているようである。

Telegraph.co.uk
CES 2010: 360 degree video camera
Published: 9:03AM GMT 08 Jan 2010
the gadget inspectors
http://www.telegraph.co.uk/technology/technology-video/gadget-inspectors/6950033/CES-2010-360-degree-video-camera.html


たとえばユビキタスに必要なアイテムかどうかという点を軸に、新しい技術(のニュース)を眺める。と、うっすら描けてくる未来があるのではないでしょうか。

2010-02-10

世界にひとつだけの花ゲノム。

『世界にひとつだけの花』という曲、歌詞を思い出すと……

お花屋さんに並んださまざまな花はそれぞれ美しい。
人もそれぞれの美しさを持っているのに、一番になろうと競う。
お花に見習わなくっちゃね。

という感じだったと思う。

しかしこれ、細かいこと言うと、へんなんです。
花はそれぞれ異なる「種」、ひとはひとという同じ「種」で、個々人はそれぞれ異なる「個体」というわけです。種と個。だからこそ突然変異が……というダイナミックな話になる、肝心なところ。と思うと、ちょっと見過ごせない気もいたしました。

2010-02-09

digital book worldのイベント

去る2010/01/27にサンフランシスコで行われたApple社のiPad発表の動画にも登場した「digital book world」のイベント。こちらもちょうど2010/01/26〜27に開催されたものだそうで、動画も見ることができます。今ひとつ熱気がないように見えるのは、気のせい?

2010-02-08

紀伊國屋書店前でコロナビールくんに遭遇。

紀伊國屋書店新宿本店の1階と、2階新書コーナーに寄って、外へ出ると、コロナビールくん(二本)が歩行者天国を歩いていました。

これはなんというか、お金はかからないけれども宣伝効果は高そうな広告。中に入っている人も楽しんでやっていたように思います。なんといっても「擬人」は、ロボットならず、人のココロを揺さぶるのであります。

ゆるキャラのブームもさめやらないですが、現物も最近よく見かけますよね。というわけで、これはちらしじゃないけれど、そのまんまチラシのカテゴリー入りといたします。。バイバイ、(手を振ってくれている)コロナビールくん!

2010-02-05

浄水器カートリッジ交換の効果はいかに?

水の場合、見た目ではなかなか味までは、わからない。

シーガルフォーという浄水器を使っているのだが、年に一度カートリッジ交換するように、と書いてある。1年を過ぎ、なんとなく最近水がおいしくないと思って、ついに交換することにした。

そこで、交換を期に水の味比べ。

まず古いカートリッジの水を汲んでおく。こんな味だったな、と少し飲む。

新しいカートリッジをセットして5分ぐらい放水しておいたが、まだ金属っぽい味。もう少し放水してから飲んでみると、なるほどクリアな感じ。

そこで古いカートリッジのほうを飲んでみると、かなり濁っている味。味があるとも言えるほどだ!

ちなみに、と思ってそこで水道水を飲んでみる。水道水の特徴はたったひとつ、塩素の臭いがする。シーガルフォーはテレビ番組の「料理の達人」でシェフたちが使っているというので一躍有名になった浄水器だが、このカルキ臭が料理人に嫌われる理由なのかと改めて膝打つ思い。逆にきりっとクリアとも言うかもしれないけれど、確かにコップを近づけただけで、花粉症でかなりあやしい鼻にも、それとわかる塩素の存在感がある。

別に浄水器の宣伝ではなくて、私の場合、住んでいるマンションが古いので、水道管がもしかして鉛管!?……という恐怖から(!)、それからあと趣味のコーヒーをおいしく飲もうという魂胆から、設置している次第であります。

浄水器派の方、交換の機会には、ぜひお試しください。

2010-02-04

コドモは電子辞書を使わないべきか。

最近コドモに負けている。比較しているのは、小学3年生の国語と私の英語の上達度であります。やれやれ。コドモのほうはいつの間にか、そのへんの文庫本ならすらすら読めている。いつの間にかすごい差。やばいです。

コドモのほうは、なんといっても小学校の国語教育がこれまで、たいへんすばらしいものだったことが、大きな原因であろう。コドモが最近熱中して取り組んでるのは、10分間作文というもの。5分でプランを考え、残りの5分で書き上げる。字もさほど乱れず、原稿用紙1枚くらいの作文ができあがる。何度も書いているとそのうちパターンが決まってくるので、飽きた時をチャンスに定型を破っていく。

ところで、コドモには紙の辞書を買ってあげるわけのだが、オトナは電子辞書を使っている。これはもう頭ごなしに紙のほうを使ってもらっているのだけれど、本当のところ、コドモだって電子辞書でもいいと思う。自分自身が小さい時に紙の辞書が好きで、何度もひいたことや、そのうちに見出しがなくても速くひけることや、そういう体験をなつかしんで、押しつけているに過ぎない。(だってそれしかなかったし!)

もうひとつは、たとえば学校へ電子辞書を持たせたらどうだろう? と考えると、やはり何らかの軋轢が生じるように思う。つまり現在の小学生としては、まだ紙のほうが便利ということがあるのである。学校というのはしかし、薦めるか禁じるか、いつもどちらかの対応を迫られるようだが、個人的には、時には「どちらでもいいです」といって父母に考えさせてもらえると、ありがたい。

2010-02-03

NII市民講座でゲノムを知る。

毎回、ビジネスマンをはじめ多くの一般聴講者でにぎわう、NII市民講座。前回のゲノムは用事があって参加できなかったのだが、出席された方から「おもしろかったよ」との声が。

そこで、ストリーミングで拝見いたしました。

平成21年度市民講座第7回 2010年1月19日(火)
あなたの体質や生物の進化をゲノムから知る方法とは?
「ゲノムと情報学」隈 啓一教授
http://www.nii.ac.jp/userdata/shimin/streaming/H21/100119_7thlec.asx


動画はやはりライブの迫力とは違いますし、また聴く側としても現場の集中力のようなものがいまひとつ生み出せないのだが、でも、ほんと、面白かったです。

こんなサイトも↓
日本語バイオポータルサイト「Jabion」
※生物学や生命科学のポータルサイト
http://www.bioportal.jp/ja/
2004 NII,NIG,TUS

2010-02-02

メトロマナーポスター、む? いつの間に。



2009年も2月は優先席テーマで、男性が松葉杖をついているというもの。優先席を譲らないカップルはチョコレートらしきものを分け合っていて、2010年バージョンでは、イヤフォンをシェアしています。

科学と広告のブログでも、街で見かけた東京メトロポスターがずっと気になって紹介してきました(右コラムの「広告」カテゴリーをクリックするとご覧になれます)が、東京メトロのサイトへ行くと、たいへんクリアなポスター画像を一覧で見ることが出来ます。

東京メトロ
マナーポスター紹介
http://www.tokyometro.jp/anshin/kaiteki/poster/index.html

2010-02-01

「左利き用」というオプション

築地の(魚市場の)場内で包丁屋さんへ行き、出刃がほしいというと、大小を見せてくれる。出刃は、さばく魚の大きさによって選ぶのであります。ふだん使いでは「あじ」用というのが一番小さい。

そこで「左利きなんですけど」と言うと、店の人はとてもがっかりした顔をして、「ああ、1.5倍になっちゃうんだけど……」と言う。なんどかそういう体験をしたことがある。

一方、だいぶ以前になるが、業務用厨房用品の問屋で知られる合羽橋で、左利き専門の店に入ったこともある。その店主が言うには、総じて、左利き用というのは、価格でいえば、だいたい右利き用の1.5〜2倍というのが相場ということだった。しかしまあ、それで手に入るなら安いものだ、と思う左利きは多いのではないだろうか。

私は左利きだが、右も使えるので、ふだんの生活の中でさほど困るようなことはないけれども、はさみと缶切りは左利き用のを持っている。しいて困ることといえば、急須と自動改札である。

ところが、その一方が突然解決したのは、このウェブサイトに遭遇してからだ。「しょうゆさし」で有名な白山陶器の「MARUCO 丸小急須」および「茶和 〜SAWA〜」の左利き用。しかも画期的なのは、右手用と同じ値段であることだ。ホームページに「兼ねてからご要望があった、左手用を追加しました。」と書いてあるのも、なるほど。つまり、「左利き用」というオプションが無料というのが、新しい提案であるように思った。

白山陶器のホームページ
http://www1.ocn.ne.jp/~hakusan/products-maruco.htm