自分でもびっくりするような大きなタイトルを掲げてしまったが、実は先日、川端裕人氏の講演会がご近所の図書館で開催され、行って参りました。その際、この「SFとは何だろうか?」ということが、なんだかとても、気になったのである。
実は、私が科学者を何人か知るようになって驚いたことのひとつは、科学者の中にはけっこうSciFi好きがいるということだ。しかしこれは(少なくとも英語圏では)当たり前で、サイエンス・フィクションの柱はサイエンスだからなのである。
自分にとってSFといえばどうしたわけかレイ・ブラッドベリじいさんばかりで、あとは星新一のショート・ショートを読みはしたけれどもそれはショート・ショートという形式について興味を持ったからで、SFを読みたいと思ったわけではなかった。ひょっとすると日本(語)ではサイエンス・フィクションの柱がサイエンスだということは、(英語圏に比べて)察知しにくいのではないか?(あるいは私の負け惜しみなんだろうか?)
さて、ここからふたつ飛躍するのだけれども、まずひとつめは「フィクション」というのを、さっぱりと「夢」と置き換える。サイエンスにとって夢とは何かと考えるのである。(もっともサイエンスにとって夢とは、どこまでもサイエンスだ、という気も、かなりする。だから「夢」というのは若干比喩である。)
そこでふたつめの飛躍は、科学(技術)というのは、人間がこれまで蓄積してきた能力や、実践してきた仕事や、潜在的な可能性を維持するためにあるのではないか、という仮定である。そうだとしたらどうなるのか、そうでないとしたらどうなるのか、ということを扱うのがSFなんじゃないだろうか?
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