2008-06-29

ロボットが言語を習得するという話

サイエンス・カフェではないのだが、国立情報学研究所の主催する公開レクチャーに参加してきました。テーマはロボット。1つは松原仁公立はこだて未来大学教授による年々盛り上がるロボカップの話題。もうひとつは岩橋直人教授(情報通信研究機構主任研究員)のアームロボットを使って言語と動作を習得する話。計2つのトークを拝聴した。



いずれも興味深い内容だったのですが、その中味の話は後日として、ロボットというと毎度私が気になってしまうことがあって、それを覚え書いておきたい。

私がロボットの話題で、つい夢中になってしまうのは、人がロボットに対してどのような期待を持っていたり、寛容性を示したり、許せなかったりするのかというその感情だ。一般にはそのことを「感情」と言うだろうから、そう書いてはいるのですが、ただ「感情」とはいっても、いろんな要素があるという気はしています。たとえば生物として本能的に警戒しているようなことも多い気がするし、あるいは「赦す」という場合に、自分を投影して(自分もそうだからわかってやる)なのか、それともまったく別の存在として(ロボットだから赦してやる)なのか、いろんな場合があり得るように思う。そして、それらはうわっと交錯する。

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