2008-06-17

テングザルの目と鼻について、「ほぼ日」と一緒に考える。

脚本家で映画監督の三谷幸喜さんと、ほぼ日のイトイ氏が、ブルータス提携で、対談をしています。何回かのシリーズですが、その中で、イトイ氏が言っています。

糸井:
僕は、もともと広告屋ですからね。
「この人は鼻です」っていう仕事をしてたんです。
その意味では自己否定なんです。
つまり、時代が変わったんですよ。


リョーシ猫こと私が、今回はこれを読んでみようと思います。

いや、ま、とっても難しいですよね。(というか、上記のリンクで前後の話を読んでみてください。)こういうのと量子と、どっちが難しいかな、なんて時々思ってしまうのですが、まあ余談はおいておいてと。

しかし何度か読んでいるうちに、要は構えすぎで、難しいと思わなければ、それほど難しくないんだとわかります。つまりですね、自分にわからないことはどうせわからないのです。時間をかけて相手の深さに付き合うより早く、自分でもわかることを自分に役立てるほうが得策になることが多いのです。

というわけで、これをエイヤで、私のサイエンスコピーライティングへの教訓として読んでみますよ。

設問:「天狗のように大きな鼻を持つ」テングザルという動物を例に、訴求ポイントとして顕著な「鼻」と、愛らしい「目」をどう宣伝するか?

※できればテングザルの画像を見てくださいませ、ぐっとリアルになりますから。

1 サイエンスの広告は、まだ「この人は鼻です」の段階かそれ未満
2 鼻と目の機能をしっかり使うこと
3 本末転倒しなければ大丈夫


最初に思いついたのが、3の楽観的な感想。おもしろがらせよう、という「本」が大事であって、そのおもしろさが天然か人工か、意識的か無意識的かは「末」、つまりどちらでもよい。

次に思いついたのが2。宣伝すべきものとして「鼻」は効果がある。「目」は時代に活かせるかもしれない。比較的長いファンを作るのにも向いている。使い分けること。

で1というのはむしろ一般的な認識あるいは前提として、確かにサイエンスという分野は、いわゆる表現の最先端ではない。

で、いよいよ教訓をぐぐっと展開してみますよ。

表現の最先端でなくても、サイエンスとして最先端であるならすでにすごいのだから、そこに注目しよう。

そこでひとつには、サイエンスそのものを鼻と考えて、目をつける(表現で魅力と動機をつける)コラボレーションを目指すのがよい。

もうひとつは、サイエンス(コンテンツ)の中にある鼻と目を見極めること。これは案外そのまま──つまり科学者は鼻に注目し、コピーライターは目に注目する──という気がするので、そういう時は糸井重里を引いて「いや、今の時代には、目なんですよ」と言えばよいのである。

それと。糸井重里論も「ほぼ日」が書いているんだなあということにも気づきました。やれやれ。

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