2008-06-25

空き地を探さなければいけない。



科学者の仕事ぶりを見ていると、研究というのはつまり誰もやったことない問題に挑戦したり、誰も解けなかった問題を解いたり、誰も言わなかったことを言ったりすることなのだとわかります。というより、誰かが既にやったことがあったり、答えが分かっていたり、既に誰かの意見であったりすることに取り組むのは、本来的に研究ではないのですね。

よくビジネス書を読むと、新規顧客の獲得とか、新規市場の開拓とか、すき間を狙って起業しようというようなことが書いてあるけれども、研究の場合には、もともと新規だけしかターゲットじゃないわけですから、言ってみればそれを専門にやっている。したがって研究と起業は案外発想としては近いのではないか。実際にも、産学連携とか大学発ベンチャーということが言われています。

そこで、ある新しい技術が具体的に産業にすぐに結びつくような例を追うと、その技術や成果の社会的なインパクトに応じて、注目度の高いドキュメンタリーになっていくかもしれません。

一方それとは別に、この新しい研究領域を発見する──言ってみれば“人類が初めて知りたいと思う“対象を見出す──というのは、どういうことか、について関心を持ってみたいと思うのです。なぜならそうすれば、特定の技術のゆくえについてではなく、より一般的で、私たちがビジネスや生活に使える思考ツールが得られるかもしれないから。

いや、それだけではありません。科学技術の開発というものが本来どのような活動なのかについて、多くのわかりやすい、示唆を与えてくれるのではないだろうか。

たとえば新しい領域を探すと言っても、いったいどこにあるのでしょう? 確かに──たとえば東京じゅうを見回しても──空き地なんかとても見つかりそうもないように思えますよね。しかし空き地というものがまるでないのなら、すると、今ある地面の取り合いになり、そこでの成果も、どうもビルの屋上に家を建てるような雰囲気になってきます。

とすれば、なんとか空き地を探さなければいけない。

そこでもし実際の土地ではなく、バーチャルな空間だったらどうでしょうか。土地探しよりもぐんと「拡張性」が高く、すぐにも「増設」できそうな気がしてきます。そういう意味では、人間の脳といい、研究領域といったものは、比較的自由に、平和的に空き地を探すことができる。

とりあえず、私はそこに、とても魅力を感じます。

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