2009-04-09

私は「太宰治」に似ていない。

いやあ、突然ですが。昔、文学少女というと、私は太宰治に似ているんだ、という人が必ず現われたものだった。今はちがうかもしれません。

だけど、そうほんとうに思うかは別にして、そう思う気持ちは──もちろんわからないわけだけれども──ただ、そういう近しさにあるという感じはわかるのだった。つまり文学を読むと、特に太宰治を読むと、そこに「私」がいると感じられるわけである。そのことは、わかった。

One Good Turn: A Natural History of the Screwdriver and the Screw
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で、こちらは『one good turn』というひとのツールのお話。ミレニアム最大の発見という「ツール」を紹介しようという筆者がいろいろ調べ物をするところから話は始まるのだが、これはと思うとローマ人の発明だったりして、なかなかはかどらないのである。そこへ筆者の「妻」が登場し、

「そのことならばスクリュードライバーである」
と断言するのだ。

必ず家に置いてあるもの、それはスクリュードライバーであり、どこへ引っ越してもキッチンの引き出しにしまってあり、何かと役に立つもの、それはスクリュードライバー以外ではない、というのである。

はい、それ「私」です! 実は、私もそうなんです。キッチンの引き出しにスクリュードライバー。常備です。私のはこの、プラスとマイナスが差し替えられるチャチなタイプでして。


翻訳はこちら。
ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語
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