先日の根本香絵博士の一般講演について、時が経つほど、いろいろと思い当たることが増えてくる昨今。
というわけで、今日の話題は、そのひとつ。
──科学の最先端は、人類がまだ誰もわからないというエッジ(崖)に立って、そこからわかるほう(陸のほう)ではなく、わからないほうへ進むのだ、というのがあった。
ふむふむ。
リョーシ猫(私のことです)的には、いかにも香絵博士らしい発言という感じ。
このようにして「当たり前」と思ってしまうから、またもや「発見」の機会を逃してしまうわけだが、ところが、今日たまたま書架に「科学はわからないから面白い」といった記述を見つけたのがあらたなきっかけとなったのである。
「わからないから面白い」って、そうでもないよなあ、と私は思ったのだ。
わからないというのは、やっぱり大変なことなのであります。どっちかっていうと、わかったほうがおもしろい。
しかし今はそういう話ではなくて、もう一度香絵博士の話を思い出してみましょう。
わからないほうへ行くというのは──いわばフィードフォワードなわけで──何が起こるかわからない。崖から落ちるだけってこともあるし、穴に落ちるってこともある。なにしろわからないんだから。……と、最先端というのは、そういう勇気の要る活動なんだ──と、そういうお話でした。
しかしこのように聴くと、私たちの感覚では、「じゃ、いちかばちか」なんて思ってしまう。
けれども科学では当然ながら「当たりが出ればいい」というのとも違います。だからやっぱりそこで「カン」がよくないといけないんだろうな、と憶測するのであります。
香絵博士のいる理論物理学という分野では、特にアイデアの質が問われるように思われるのも、このことと無関係ではないでしょう。「カン」というか考えの「スジ」というか、つまりセンスがよくないと、落ちるばっかりってことにもなるし、よくないを越えてキケンですらあるかもしれない。
なにしろ、そのわからない方へ進めば──
「たいがいは失敗します」
だそうなので。
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