
いずれも興味深い内容だったのですが、その中味の話は後日として、ロボットというと毎度私が気になってしまうことがあって、それを覚え書いておきたい。
私がロボットの話題で、つい夢中になってしまうのは、人がロボットに対してどのような期待を持っていたり、寛容性を示したり、許せなかったりするのかというその感情だ。一般にはそのことを「感情」と言うだろうから、そう書いてはいるのですが、ただ「感情」とはいっても、いろんな要素があるという気はしています。たとえば生物として本能的に警戒しているようなことも多い気がするし、あるいは「赦す」という場合に、自分を投影して(自分もそうだからわかってやる)なのか、それともまったく別の存在として(ロボットだから赦してやる)なのか、いろんな場合があり得るように思う。そして、それらはうわっと交錯する。
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